自分の目の中の梁は見えない

2017年2月5日主日礼拝 メッセンジャー:芳姉 聖書箇所:マタイ7:1-5

 さばいてはいけません。さばかれないためです。あなたがたがさばくとおりに、あなたがたもさばかれ、あなたがたが量るとおりに、あなたがたも量られるからです。また、なぜあなたは、兄弟の目の中のちりに目をつけるが、自分の目の中の梁には気がつかないのですか。兄弟に向かって、『あなたの目のちりを取らせてください。』などとどうして言うのですか。見なさい、自分の目には梁があるではありませんか。偽善者たち。まず自分の目から梁を取りのけなさい。そうすれば、はっきり見えて、兄弟の目からも、ちりを取り除くことができます。

 例話:一組の夫婦が向かい合って朝食を食べていた。二人は目を外に向けた。向かいの家の奥さんが洗濯したシーツを広げて物干しにかけていた。そうしたら、何とそのシーツが洗濯したにもかかわらずひどく汚れていた。それを見ていたその夫婦は、あまりにもひどい汚れに呆れてしまうほどであった。そのようなことが何度か続いた。ある日また、二人は目を外に向けた。同じように向かいの奥さんが洗濯したシーツを広げて物干しにかけていた。見ると、シーツは真っ白できれいだった。奥さんが言った。「シーツが真っ白!」そして、旦那さんが言った。「うん、うちの窓をきれいに拭いたんだ。」

 私たちは他人の罪や欠点はよく見えるが、自分の罪や欠点はよく見えない者である。まずは、その事を認めることによって人に対する見方が変えられるし、もっと適切な対応ができる。

 その他の聖書箇所:「さばいてはいけません。そうすれば、自分もさばかれません。人を罪に定めてはいけません。そうすれば、自分も罪に定められません。赦しなさい。そうすれば、自分も赦されます。与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。人々は量りをよくして、押しつけ、揺すり入れ、あふれるまでにして、ふところに入れてくれるでしょう。あなたがたは、人を量る量りで、自分も量り返してもらうからです。」