変える力

2016年2月28日 主日礼拝 <変える力> ローマ12:2 佐々木俊一牧師

■2016年、アメリカは再び、大統領予備選に湧いています。注目されているのが、共和党のトランプ氏と民主党のサンダース氏です。予備選の前、彼らはほとんど知名度がありませんでした。しかし、従来の政治家に失望したアメリカ国民の間では、政治家らしくない政治家に期待が集まっているようです。大富豪の不動産王トランプ氏は、過激な発言が問題視されています。それにもかかわらず、支持者が増えているのは、アメリカ国民の不満を端的にアピールしているからのようです。一方、ユダヤ人の民主社会主義者であるサンダース氏は、1%の金持ちが99%の富を独占している格差社会の変革を訴えています。74歳のサンダース氏ですが、若者の支持を受けています。はたして、来年1月にアメリカ大統領として立つのは、誰になるのでしょうか。

   ところで、私がオープン・ドア・チャペルに来た2008年も、ちょうど、アメリカ大統領の予備選が行われていた時でした。共和党からはマケイン氏が、民主党からはオバマ氏が選出されました。そして、2009年1月、アメリカ大統領として立ったのは、初のアフリカ系アメリカ人、バラク・オバマ氏でした。彼は就任演説で、とてもすばらしいことを言っていたのを覚えています。「困難な時代に、アメリカ国民一人一人が団結し、責任を共有し、希望をもってアメリカを再生させる。」 教会の標語として参考にしたいような内容です。

   オバマ大統領が就任したのは、2008年9月に起こったリーマンショックの後のことでした。アメリカ国民一人一人が一致団結して、責任を持ってやるべきことをやるならば、必ず、この窮地は乗り越えることができるのだ、とオバマ大統領は熱く語りました。オバマ大統領は、困難の中、見えないアメリカの明るい将来を、必ず再び見ることができるのだという夢を人々に与えました。あれから7年が経過しました。状況はよくなったでしょうか。見える限りにおいて、よくなったとは言えません。確かに、イラクからアメリカ軍が撤退し、問題が解決したかのように見えました。しかし、それ以上に、ISの問題が新たな脅威を世界に与えています。アメリカ経済はどうでしょうか。シェールガスや3Dプリンターなどで活気が与えられました。雇用も増えて、失業率が低下したように見えました。しかし、このところの石油の値下がりによって、倒産する会社が続出しています。不法就労と低賃金労働の増加は、失業するアメリカ市民を増やしています。格差社会は一向に改善されていません。中流階級から下流階級に多くの人々が転落していると言われています。ホームレスとなる人々も減ってはいないのです。今現在も、解決できない多くの問題が山積みになっているのです。

   「CHANGE!(変革)」ということばに多くの人々が惹きつけられました。けれども、変えることも変わることも、現実にはそう簡単には行かないようです。アメリカ議会が団結するにも常に妨げが立ちはだかっていました。変化を実現するには、あと残り1年では短すぎます。オバマ政権に期待していた人々の中には、落胆している人々が少なくありません。語るのは容易だけれども、実現するのは難しいのです。

■アメリカを見ていると、今の時代の特徴が見えてくるように思います。クリスチャンにとっては、今の時代はどんな時代でしょうか。また、教会にとっては、どんな時代でしょうか。歴史を振り返り、過去と比較するならば、問題はあるけれども、そんなに悪い時代ではないように思います。国や地域によって差はありますが、概して、比較的生きやすい時代ではないでしょうか。信仰の自由がありますし、生活は豊かになりました。昔に比べるならば、本当に恵まれた時代に生かされていると思います。ですが、反面、非常に誘惑の多い時代でもあります。楽しいことがあり過ぎて、気をつけなければ、簡単に、信仰がなくても自分の力で生きていけるという思いに陥ってしまいます。実際、どこの国でも若者の教会離れが進んでいますし、若者が来ない教会は結果的に、高齢化も進んでいます。教会員が減少し続ける中で、日本の教会は、ずっと閉塞感を感じてきました。

   そこで、オバマ大統領の言葉を借りて、このように言ってみたいと思います。「困難な時代に、クリスチャン一人一人が団結し、責任を共有し、希望をもって教会を再生させる。」教会の現状を乗り越えるために、クリスチャン一人一人が担わなければならないことがあるように思います。こんなことを言うと、何もやっていないかのように聞こえるかもしれません。そうではありません。できる限りのことをやり、一生懸命に神様に仕えてきたクリスチャンは少なくありません。それでも、厳しい現実があります。しかし、何事にも神様の時があるのだということを聖書は言っています。ですから、私たちは、神様が成してくださる時まで待ち望まなければなりません。変化をもたらすまでには、私たちが思っている以上に、ずっと時間がかかるようです。私たちは、あきらめないで、私たちが担うべきところをやり続けたいと思います。それでは、私たちが担うべきところとは何かを考えて見ましょう。

■先ほどのオバマ大統領の演説の中にもありました。「団結」です。「一致」という言葉に置き換えてもよいでしょう。エペソ4:2、3を読んでみたいと思います。「謙遜と柔和の限りを尽くし、寛容を示し、愛をもって互いに忍び合い、平和のきずなで結ばれて御霊の一致を熱心に保ちなさい。」御霊の一致ということが言われています。御霊に導かれる時、一致がもたらされます。どうしたら、御霊に導かれるのでしょうか。ある時には、私たちに謙遜であることが求められます。ある時には、柔和であることが求められます。ある時には、寛容、ある時には、忍耐を求められます。その求めに従う時、私たちは御霊に導かれているのです。御霊に導かれる時、平和があり、一致があります。教会は平和があってこそ人々が集まれるところとなります。神様を愛する人々は、平和と一致を喜び、平和と一致を保とうとする人々です。平和と一致をつくり、それを保つことが、私たちが担うべきところです。

■次に、「責任」です。責任を共有するとはどういうことでしょうか。アメリカ国民がアメリカ国民であるゆえに受けることのできる恩恵があります。しかし、その恩恵に与るためには、アメリカ国民としてきまりを守る責任もあるのです。それは、アメリカでも、日本でも、どこの国でも同じです。私たちクリスチャンはどうでしょうか。私たちの国籍は神のみ国です。ですから、神のみ国の恩恵に与るためには、神のみ国のきまりを守る責任があります。神のみ国のきまりを要約すると、次の二つになります。一つは神様を愛すること、もう一つは主にある兄弟姉妹を愛することです。神のみ国は、神を愛し、互いに愛し合う人々が集まるところです。

   ローマ12:2を見てみましょう。「この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神の御心は何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。」

聖書では何を変えなさいと言っているでしょうか。それは、心です。心を変えることによって自分を変えなさいと言っているのです。それでは、心を変えるために、私たちはどうしたらよいのでしょうか。まず、第一に、神様の価値観を知ることです。世の中の価値観がすべて神様の価値観と相いれないものであるということではありません。この世の常識や良識は神様の価値観と重なるところがあります。しかし、中には神様の価値観とは異なるところもあるのです。そのようなことに対して、私たちは見分けることが必要です。何よりも、神様の価値観を大切にしましょう。神様の価値観を大切にする人は、平和と一致を大切にし、互いに愛し合う人へと変えられていくことでしょう。神様の価値観に従うことにより、私たちの心が変えられること、それが、私たちの担うべきところです。

■オバマ大統領は就任演説の中で、希望をもって米国を再生させると言っていました。人には希望が必要です。若くてもそうでなくても、誰でも希望が必要です。私たちの希望はどこから来るのでしょうか。地上にあるものから来るのでしょうか。もちろん、地上にあるものから希望が来たとしても問題はありません。私たちには地上の希望が必要です。でも、私たちにはもっと重要なものがあります。それは、神様から来る希望です。その希望はなくなることがありません。そして、それは、いつまでも続きます。ですから、私たちは、この世の中がどのようであっても、希望を失わないで生きることができるのです。この地上に希望を見出せないときでさえ、神様に希望を見出す人には、そこを乗り越える力が与えられます。その人は、自分の夢や希望を実現することよりも、もっと大切なことがあることに気づかされるでしょう。そして、その人自身が、力強く、前向きに生きる人へと変えられていくのです。神様が願う再生は、国の再生ではなくて、人の再生です。人の心が変えられることです。神様を愛する人々は、新しく生まれ変わって、いつの日か、朽ちることのない体に再生される時がやがて来ます。

■何かを変えるためには、一致が大切です。責任を共有することが大切です。希望を心に抱いて、あきらめないでやり続けることが大切です。早急な変化を期待しすぎないようにしましょう。変化をもたらすまでには、私たちが思っている以上に時間がかかるようです。遅いと感じても、それでも、神様は働いています。

   オバマ大統領が語った言葉はとても素晴らしいです。でも、足りないものがあります。神様への期待と、神様にゆだねることです。聖書によるならば、国が栄えるのも栄えないのも、神様のみ手の中にあります。状況を変えるために、最後の仕上げをしてくださるのは、造り主なる神様なのです。教会も同じだと思います。教会が栄えるのも栄えないのも、神様のみ手の中にあります。人の力だけではどうにもなりません。状況を変えるために、最後の仕上げをしてくださるのは、神様なのです。神様に期待しましょう。しかし、人が期待するほど物事は早く進みません。担うべきところは担いましょう。「変える力」の最後のところは神様から来るのですから、あとは神様にゆだねましょう。。それでは、お祈りします。