外側より内側

2016年1月3日主日礼拝 <外側より内側>Ⅰサムエル16:6‐7  佐々木俊一牧師

彼らが来たとき、サムエルはエリアブを見て、「確かに、主の前で油をそそがれる者だ。」と思った。しかし主はサムエルに仰せられた。「彼の容貌や、背の高さを見てはならない。わたしは彼を退けている。人が見るようには見ないからだ。人はうわべを見るが、主は心を見る。」

■イスラエルの初代の王様、サウルは、神様の御心から外れて自分勝手な道を行くようになってしまいました。そのため、イスラエルの国を導く王として神様が新たに選んだ人は、エッサイの息子でした。しかし、エッサイには8人の息子がいたのです。預言者サムエルは、エッサイの長男であるエリアブを見たときに、「エリアブこそが油注がれる者だ」、と思いました。なぜならば、エリアブは、顔や姿が美しい、イケメンだったからです。それに加えて、背も高く、外見は王様としてパーフェクトだったのです。しかし、神様はサムエルに言いました。「外見はいいけれども、わたしが今回選んでいるのはこの人ではない。」私たち人間はうわべのことに弱いのです。相手が美女や美男だと簡単に魅了されてしまいます。エリアブがだめだったらいったい他に誰がいるのか、とサムエルは思ったことでしょう。そうしたら、神様はサムエルにこう言うのです。「人は、うわべを第一に見るけれども、わたしはそのようには見ない。外見よりも、心の方がずっと大切なのだ。」確かに、私たち人間は、目に見えない心よりも目に見える外見の方に気を取られてしまう傾向があります。この世の中では、美しさ、かっこよさ、職業、地位、お金、能力、そのようなことが人の価値を評価する基準なのです。親切さ、温かさ、やさしさ、勇気、明るさ、忠実さ、堅実さなど、内面のことについてはあまり評価されません。でも、神様にとっては、心のあり方の方がずっと重要なことなのです。

■話は少し横道にそれますが、最近、オープン・ドア・チャペルのフェイスブックを作りました。それがきっかけで、学生時代に親しくしていた何人かの人たちが現在どこにいて何をしているのかがわかりました。たとえば、ダラスのバイブルカレッジで学んでいた時に知り合った人々も、フェイスブックでつながっていることがわかりました。今日はその中の4人の人たちのことを紹介しながら、内面の大切さについてお話したいと思います。

   ダラスのバイブルカレッジを卒業してから、もう28年がたちました。28年もたつと、それまでにやってきたことの実を見る時期に、今自分があることを思わされます。これから紹介する4人の人たちが、現在どんな実を結んでいるのかを見てみたいと思います。

①ハニー:彼はインドネシアのスラバヤ出身です。中国系インドネシア人です。彼は口数の少ない目立たない人でしたが、信仰のことには非常に熱心な人でした。彼にはそのとき同じくインドネシア出身のフィアンセがいました。とても仲睦まじく、お互いに支え合っているカップルでした。あれから28年、このようになりました。・・・。彼らは現在、オーストラリアのブリスベンで牧会しています。インドネシアや韓国など、アジアの国々から移住した人々の多い教会です。200人くらいの教会です。年をとりましたが、お二人共、昔の面影があります。

②ラリー:彼はアメリカ、ハワイ出身です。日系アメリカ人です。10歳くらい私より若いです。明るくてフレンドリーなスポーツ好きの若者といった印象でした。彼はバイブルカレッジを卒業した後、すぐにそこで出会ったシンガポール出身の女性と結婚しました。その後、シンガポールに渡って開拓伝道しました。あれから28年、このようになりました。・・・。彼らは現在、シンガポールで1000人規模の教会を牧会しています。年をとりましたが、昔の面影があります。

③ブライアン:彼はアメリカ、ウィスコンシン出身です。私より3歳若いです。彼とは何度か一緒にミニストリーをした程度で、特に親しかったわけではありません。彼は学校のスタッフとして働いていました。彼は音楽ミニストリーのリーダーであり、ワーシップリーダーでした。彼は学内の人気者であり、学校からも期待されていた人です。あれから28年、このようになりました。・・・。彼は現在、故郷のウィスコンシン、マディスンで、お爺さんが開拓した教会で牧会をしています。300人くらいの教会です。

④佐々木:彼は日本人です。ワークスカラシップを受けていたので、授業が終わった後は学内で働いていました。イヤーブックの画像にはこのような言葉が刻まれています。「Daily clean-up time in the IB is time consuming, as Shunichi Sasaki meticulously weaves his way through the 2,500 seats.」部屋を掃除することも、トイレを掃除することも、嫌いではありません。どちらかと言うと、きれいにすることは好きです。あれから28年、今ここにいます。

   28年がたってふり返ると、時の流れの早さを感じます。この4人には溌剌とした若き時代がありました。しかし、時がたつと年をとり、外見は変わりました。それぞれの現在の写真や、メッセージや、フェイスブックの記事などからうかがえることがあります。それは、共通して言えることとして、それぞれに許された労苦や困難があったということ、自分の思い通りに行かなかったことや失敗があったということ、その中を通ることにより、尖っていたところが削られたり、硬い部分が砕かれたりして、それなりに内面の形が整えられてきたということです。目に見える働きには大きい・小さいの違いはあっても、誰一人として自分の手柄として自慢するでもなく、反対に卑下するでもなく、ただ、神様に従ってきたことに充実感と満足感を覚えて感謝しているのです。そして、うわべの見栄えよりも内面のこと、外側よりも内側のことが大切なことを、それぞれが人生の中で学んでいるのが私にはわかりました。

■Ⅱコリント4:16~18にこのような御言葉があります。「ですから、私たちは勇気を失いません。たとい私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。今の時の軽い患難は、私たちの内に働いて、測り知れない、重い永遠の栄光をもたらすからです。私たちは、目に見えるものにではなく、見えないものにこそ目を留めます。見えるものは一時的であり、見えないものはいつまでも続くからです。」

   この世の成功や自己実現のために一生懸命になることが意味のないことであるとは言いません。しかし、それよりも、もっと大切なことがあることを知ってほしいと思います。そのことがわかっていれば、かえってもっと意味のある充実した人生がおくれると思います。また、困難な中にあっても失望しないで、前向きに、積極的に、肯定的に、夢や目標に大胆に向かって行くことができると思います。特に、若い人たちに、そのことを知ってほしいと思います。人はうわべの良さを見ますが、神様は内面の豊かさを見ます。それが、神様のみ前ではいつまでも輝いて見えるものなのです。目に見えるものは、この地上で終わってしまいますが、目に見えないものはいつまでも続きます。

   私たちには時々労苦や困難が許されます。そんな時、時間が無駄に過ぎ去って行くように感じます。でも、そうではありません。困難は無駄なことではありません。私たちの内面の形を整えるために必要なことです。たとえば、それによって、私たちは自分が苦しんだ分だけ、他人の苦しみがわかるようになるでしょう。

   世の中の評価はだいたいうわべに対する評価です。この地上で生きていくためにはそのことを心得て、さとく行動することも必要であると思います。しかし、神様は人のうわべではなくて、人の心を見るお方であることを覚えておきましょう。外側はどうでもいいと言うのではありません。外側のことも考えるべきです。でも、内側のことをおろそかにしてはいけません。内側のことも大切にしながら、2016年を歩んでいきましょう。それでは、お祈りします。