24億の祈り

ダウンロード
説教-20151108使徒1:6-11「24億の祈り」.pdf
PDFファイル 274.0 KB

2015年11月8日主日礼拝メッセージ

ゲストメッセンジャー:田代仁牧師(苫小牧バプテスト・キリスト教会)

説教題:24億の祈り

聖書箇所:使徒の働き1:6~11

 そこで、彼らは、いっしょに集まったとき、イエスにこう尋ねた。「主よ。今こそ、イスラエルのために国を再興してくださるのですか。」イエスは言われた。「いつとか、どんなときとかいうことは、あなたがたは知らなくてもよいのです。それは、父がご自分の権威をもってお定めになっています。しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」こう言ってから、イエスは彼らが見ている間に上げられ、雲に包まれて、見えなくなられた。イエスが上って行かれるとき、弟子たちは天を見つめていた。すると、見よ、白い衣を着た人がふたり、彼らのそばに立っていた。そして、こう言った。「ガリラヤの人たち。なぜ天を見上げて立っているのですか。あなたがたを離れて天に上げられたこのイエスは、天に上って行かれるのをあなたがたが見たときと同じ有様で、またおいでになります。」


 本日の聖書の箇所は、イエスさまが天に挙げられたことが語られている箇所です。この使徒の働きを記したルカは、3回の伝道旅行を通して幾つもの教会を建て上げたパウロと一緒に伝道旅行をした医者であると言います。パウロには何らかの持病があったようで、そのことでもルカはパウロの主治医でもあったようです。ですが、そのころのルカはおそらくかなり年若い青年医師でもあったようです。と言いますのは、パウロの活動は紀元50年代から60年初頭まででしたが、ルカがこの使徒の働きを記したのは紀元90年頃であったといわれています。そのように考えますと、ルカがこの使徒の働きを記したのは、少なくとも60代前後であったことが推測できます。おそらく、青年の頃にパウロの伝道旅行に同行したルカは、その生涯を閉じる前に最後の仕事を、大事なことを書き残しておこうと、ルカの福音書とこの使徒の働きを書き残したものと思われます。

 この使徒の働きの前にルカは、イエスさまの生涯を、その誕生から丁寧に綴ってきました。イエスさまがまだ子どもだった頃について書き記したのはこのルカの福音書だけです。そうして丁寧にイエスさまの生涯を綴り、その福音書の最後には十字架による死と復活が描き出されます。世俗の権威、ユダヤ教の宗教指導者たちはイエス・キリストを十字架にかけて殺したが、それすらも超えてイエスさまは復活された。そして弟子たちの前に姿を現してから天に昇られた、というのがルカの福音書の、非常に大づかみなものですが、大きな流れになっています。

 

 そのルカの福音書を第一巻として、第二巻に当たる使徒の働きは、そのイエスさまの昇天から始まります。本日の聖書の箇所を読むと、実は弟子たちは、事ここに及んでも、イエスさまの真意を理解していない様子が分かります。それは6節で弟子たちがイエスさまに尋ねた一言です。

「主よ。今こそ、イスラエルのために国を再興してくださるのですか。」

 ここにいたっても弟子たちは、イエスさまによって地上のイスラエル王国が再建されることを待ち望んでいました。その弟子たちの質問に対してイエスさまは…

「いつとか、どんなときとかいうことは、あなたがたは知らなくてもよいのです。それは、父がご自分の権威をもってお定めになっています。しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」

 …と答えられました。その直後に彼ら弟子たちは、イエスさまが天に昇られるのを目撃します。彼らが呆然とその様子を見上げていると、白い衣を着たふたりの人が彼らのそばに立っていて…

「ガリラヤの人たち。なぜ天を見上げて立っているのですか。」と問いかけます。

 この白い衣を着た二人の人の登場は、イエスさまの復活のシーンを想い起こさせます。ルカの福音書では、安息日が終わってイエスさまの墓に駆けつけた女性たちが、その墓が空になっているのを見て呆然としていると、まばゆいばかりの衣を着たふたりの人が現れて女性たちにイエスさまが復活されたことを告げます。「まばゆいばかりの衣」は、天のみ使いを連想させます。はっきりとみ使いと書かれてはいないのですが、「まばゆいばかりの衣」がみ使いであることを思わせるのです。

 そしてこの使徒の働きでは、「白い衣を着た人がふたり」が登場します。「み使い」ではなく、ここでは「人」として登場します。「神の子」が共に歩んでくださったという、ある意味では夢のような時がルカの福音書であれば、ここからはその神の子であるイエスさまの証人として遣わされた私たち「人」が歩んでいくのだ、と印象付けるかのようです。そしてここから始まった使徒の働きは、一気にペンテコステの出来事を迎えて、エルサレム原始教会が成立していきます。それは、わずか12人から始まった、最初のキリスト教会でした。厳密に言えば、12人ではなく、彼らの背後にはイエスさまに従った人たちがいるのですが、使徒の働きはあえてこの12人の弟子たちに焦点を当てて、最初のキリスト教会が聖霊によって起こされるところから始まっているのです。

 

 これはすごいことだな、と思います。ユダヤ教はアブラハムの宗教といわれたりしますが、アブラハムは大雑把に言って紀元前15001800年のころの人物です。アブラハムの時代は特定されていませんが、アブラハムの後の族長時代が、早ければ紀元前1800年頃、遅くても紀元前1500年頃から始まっているようです。アブラハム以降に族長時代を迎えますので、単純にいってアブラハムは紀元前15001800年頃の人物となることになります。

 そのアブラハムからおよそ1800年後、その当時の世界の中心であったローマ帝国から見れば、世界の片隅に過ぎないパレスチナの、そのさらに片田舎にイエスさまはお生まれになりました。そのイエスさまの死と復活を通して明らかにされた福音は、世界で最初のキリスト教会を成立させました。その中心となった12人から始まったキリスト教会は、およそ2000年の時を経て、世界人口の三分の一(35%)を占めるまでになりました。

 少し前になりますが、世界の人口が70億人を突破したというニュースがありました。すると単純計算で、世界のキリスト教人口は24億人以上、ということになります。たった12人が、聖霊によって押し出され、現在は24億人となっている。そこには壮大な歴史があり、その壮大な歴史は一人一人の小さな働きによって紡ぎ出されています。その中には、歴史に残るような働きを見せた人もいれば、誰に知られることもなくイエスさまに忠実であった人もいたことでしょう。むしろ、そういった歴史には名前の残ることのない一人一人の祈りと働きによって、この壮大な歴史は紡がれ、24億人という数字としてあらわれてきたのだと思います。

 

また本日は、北海道バプテスト連合の協力伝道週間の1日目となっていまして、帯広教会と札幌教会を覚える日となっています。

帯広教会が挙げておられるお祈りの課題は、

  バプテスマ準備クラスのため

  礼拝、教会学校、各集会のため

  牧師招聘委員会の働きのため

松崎牧師が辞任されたのが昨年の9月でしたから、主任牧師が不在になって丸一年以上が経過したことになります。澤田先生がいらっしゃるので、無牧師ではありませんが、昨年度は無牧師であった釧路教会を支えつつの主任牧師不在でしたから、大変だったことと思います。帯広教会の西島さんに話を聞いてみると、少しずつ牧師招聘に向けて動き始めているそうです。ぜひ、お祈りに覚えてください。

札幌教会が挙げておられるお祈りの課題は、

  「新しい教会づくり」にむけて

  両牧師就任・按手式(11/23

  横濱 峰二子(よこはま ふじこ)神学生の学びのために

石橋牧師と杉山牧師の就任・按手式が今月、もうすぐですね。信徒セミナーで石橋先生方とお会いしましたが、石橋先生は目が真っ赤に充血していました。信徒セミナーと幼稚園の行事が重なった、ということもあるでしょうが、就任・按手式の準備もきっと相当に大変なのでしょう。その割には杉山先生のほうは飄々としておられたように思いますが、若さでしょうか。いいですね、若いって。私もだんだんそういう事をいう年になってきたようです(^^ゞ。札幌教会も、奥村先生を釧路教会に送り出して、新しい歩みを始めているようです。ぜひお祈りに覚えてください。

ちなみに皆さんの教会は14日(土)となっていますね。14日には、皆さんの教会のことを覚えて連合全体で祈っていければと思っています。

こうしてそれぞれの教会が、ただそれぞれに存在しているのではなく、主の同労者として祈りの課題を分かち合って行ける。それはとても素晴らしい事だと思います。互いの教会の事を思い、祈りあって行ける。これはとても素敵な事だと思います。

 

 私たちは、普段の信仰生活の中で、どれほど真剣にキリストの体である教会の事を思い、祈っているでしょうか。そして自分の教会以外の事を真剣に祈る事があるでしょうか。それぞれの教会は、大きい教会であっても小さい教会であっても、自分たちの事だけで精一杯というところがあるのは、事実です。その私たちが、自分の教会という一つの体を越えて祈ること、何かの行動を起こすことは、簡単なことではないと思われるかもしれません。例えば、この協力伝道週間の時に祈ることしかできない、と思われるかもしれません。

 しかし、この本日の聖書の箇所から始まるキリスト教の歴史は、神さまの導きは、決して「それしかできない」というものではないことを私たちに示します。たった12人から始まった祈りは、今では24億人の祈りとなっています。たった12人で始まった教会は、2000年というときを経て24億人の教会となっています。そしてたった一つのキリストの体として始まった教会は、イエスさまのおられたユダヤの地からはるかに遠くのこの北海道の地、その中にある北海道バプテスト連合においてすら16のキリストの体・教会となっています。

そしてそれは、実は、ナザレ人イエスと呼ばれた、徹底的に神さまに従ったたった一人の人から始まったのです。

 私たちは、そのイエスさまに従うものとして、祈り、ささげる者として、遣わされて生きたいと思います。その私たちの小さな祈りと献身を、神さまは祝福を持って大きな働きとしてくださいます。私たちはその神さまの祝福に希望を抱き、確信を持って、ここより遣わされてまいりましょう。