喜びはどこから

2015年11月1日主日礼拝「喜びはどこから」伝道者の書2:1~11佐々木俊一牧師

■長倉洋海さんという写真家を知っていますか。1952年、釧路に生まれました。7年くらい前になりますが、あるテレビ番組で彼がとても興味深いことを話しているのを聞いたことがあります。シルクロードの東の端から西の端まで旅をして写真を撮っていたときのことです。日本でもなじみ深い物事や習慣によく出会ったそうです。彼が言うには、西から東へいろんな民族の移動に伴って、いろんな文化が日本に持ち込まれて、それらが融合して日本の文化ができたのではないかと言うことです。  

  彼は、写真家なら誰でも欲しいと思うピューリッツァ賞を取るために、危険な紛争地域によく出かけて行っては、衝撃的な写真を撮ったそうです。けれども、そのような仕事に疑問を感じ、向きを変えて、今度は世界中の人々の笑顔を撮るようになりました。その写真を見ましたが、ほとんどは子どもたちです。けっして、裕福とは言えない、アジアやアフリカや東ヨーロッパの子どもたちの写真でした。物質的に恵まれている日本の子どもたちに比べると、恵まれない境遇の中に生きているはずなのに、満面の笑顔で写っていました。この笑顔はいったいどこから来るのだろうかと思わされました。欲しいものは何でも手にはいるといった種類の豊かさは、必ずしも、満面の笑顔の条件ではないということのようです。経済的にも物質的にも裕福な境遇に生きている日本人は、大人も子どもも、この笑顔を忘れかけているのかもしれません。

  今日は、伝道者の書からお話をしたいと思います。ここでいう伝道者とは、キリスト教界では広く、イスラエルの王であったソロモンのことであると考えられています。この世のむなしさを感じている伝道者は、むなしさゆえに、快楽や刹那的な楽しみに心を向け続けます。彼のように、むなしさを覚えている人間は、今の時代、何と多いことでしょうか。しかも、むなしさを感じているのは大人だけではありません。このむなしさは、低年齢化しているのです。むなしい思いを満たすために、刹那的な楽しみを追い続けているのは、大人だけではなく、子どもたちの中にもたくさんいるのです。

■伝道者の書は、晩年のソロモンによって書かれたもの、と考えられています。それに対して、箴言は、ソロモンの若い頃に書かれたものと考えられています。箴言は、はつらつとしていますが、伝道者の書は、むなしさが伝わってきます。ソロモンは歴史上、最もこの世の栄華を極めた人の一人です。頭もよく、容姿もよく、お金もあり、大きな家もあり、仕事は成功し、地位も名声もあり、ありとあらゆる楽しみと快楽の日々を送っていました。まるで、この地上の楽園に住んでいるかのようでした。誰もがうらやむセレブな境遇の中で生きていたのです。しかし、そんな生き方をしていたソロモンの感想は、「人生はむなしい」でした。

■1節~3節 「快楽」とは何でしょうか。辞書には、「快楽」とは、気持ちよく楽しい事、特に、欲望が満たされた心地よさ、と書かれていました。楽しむことは、悪い事ばかりではありません。ストレスの多い社会にあっては、時には、楽しむことは必要かつ健全な行為でしょう。しかし、度が過ぎると、それは、健全とは言えません。また、「欲望」ということばは聞こえが悪いですが、欲しいという気持ちは人間の生きる原動力でもあります。ただ、欲望も、度が過ぎると、それは、秩序を乱し、ルール違反になることがあります。ソロモンは、晩年、ありとあらゆる快楽と欲望を極めた人のようです。さぞかし、幸福の極みを体験したことでしょう。ところが、一時的にはそうだったかもしれませんが、長くは続かなかったようです。ソロモンは言います。「むなしい」と。そして、短い人生の中で、何が良いのかを見るまでは、愚かなことだと思いながらも、このむなしい生き方を自分で選んだのです。

■ところで、ソロモンは最初から、「人生はむなしい」と思っていたのでしょうか。そうではありません。Ⅰ列王記3:5~15を読んでみました。神様は夢の中でソロモンに現れました。神様は王になったソロモンに、欲しいものを願うように言いました。ソロモンは、自分のために祝福を願うのではなく、国民のために、王としての務めを遂行することができるように、必要な力を願いました。神様はソロモンの願いを喜ばれ、その願いのとおりにしてあげました。さらに、それに加えて、願わなかった富や名声まで与えました。この時、王として立てられたソロモンが第一に願ったのは、自分のためではなく、神と人に仕えるためでした。そのことを考えると、この時はまだ、純粋な思いと十分なやる気があったのだと思われます。「人生はむなしい」と思うような、しらけた様子は感じられません。この時のソロモンの思いは、神と一つであったということが、聖書の記述からわかります。ソロモンという名の通りに、神の祝福を受けて、平和な時代を築き上げました。イスラエルは栄え、ソロモンは神殿と宮殿を建てました。ソロモンの人生は充実し、喜びにあふれていたのです。

  それなのに、晩年のソロモンはそうではありませんでした。神の祝福はかげり、隣国との間に争いが生じ始めました。なぜでしょうか。Ⅰ列王記11:1~14を読んでみました。ソロモンには700人の妻と300人のそばめがあったとあります。そして、その妻たちが、年をとったソロモンの心をほかの神々へと向けたのです。ソロモンは真の神に仕えず、アシュタロテやミルコムの偶像に仕えました。これらの偶像は豊作、多産、快楽をもたらす女神としてあがめられていました。その儀式は非常に不道徳なものであったようです。祝福のかげりと問題の発生は、「ほかの神々に従ってはならない」、と神様が再三警告したにもかかわらず、従わなかった結果なのだと思います。

  晩年のソロモンが、「むなしい」と感じた要因はどこにあったのでしょうか。十戒の第一の戒めは、「あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない」です。第一の戒めは、真の神に仕えるということです。ほかの神々に仕えてはならないのです。ソロモンの生き方はどこでずれてしまったのでしょうか。あれほどまでに、自分のことを後にして、神と人に仕えていたソロモンが、どうして、自己中心的な歩みをする者へと変えられてしまったのでしょうか。それは、真の神から離れて、ほかの神々に仕えるようになってからです。他の神々、偶像とは、お金、仕事、性、名声、地位、自分を含めて人でさえ、偶像になり得るのです。偶像礼拝は自己中心的な生き方を助長し、自己中心的な生き方は偶像礼拝を助長します。そして、むなしさを刈り取るのです。私自身、体験的に思うのですが、真の神に仕える生き方には、喜びと充実感が備えられています。

■短い人生の中で、何が良いのかを見るまでは、愚かなことだと知りながらも、神に仕えるのでもなく、人に仕えるのでもなく、ほかの神々に仕え、自分に仕えるという、むなしい生き方を選んだソロモンが、最後に出した結論は何だったのでしょうか。答えは、伝道者の書12:13にあります。「結局のところ、もうすべてが聞かされていることだ。神を恐れよ。神の命令を守れ。これが人間にとってすべてである。」放蕩息子となったソロモンの晩年でしたが、伝道者の書12:13が、ソロモンの告白であるならば、ソロモンはきっと悔い改めて、真の神に立ち返ったに違いないと、私はハッピーエンドを期待したいと思います。

■私たちクリスチャンが晩年を迎え、自分の人生をふり返ったとき、何を喜び、何に充実感を覚えるでしょうか。それは、何よりも、真の神に仕えたということではないでしょうか。自慢できるような仕え方ではなかったかもしれません。いつも神のみ心に従えたわけでもなく、失敗もたくさんありました。それでも、神様に赦され、愛され、受け入れられている事実を知っているなら、私たちの内に喜びと充実感を覚えることができるのだと思います。最後の最後まで神に立ち返って、神様に仕え続けていきましょう。私たちの喜びも充実感も神に仕えることから来るのです。それでは、お祈りします。