トルコ旅行記

トルコ旅行記①カッパドキヤの洞窟ホテル

  トルコに行ってきました。成田からイスタンブールまで12時間、イスタンブールからアンカラまで1時間、アンカラからカッパドキヤまで約500キロの行程をバスで約7時間。途中、BC1800年頃のヒッタイト文明の首都ハットゥシャシュの遺跡に寄りました。

  夕暮れ時のカッパドキヤに感動!ホテルは洞窟ホテル。ホテルのレストランで夕食。とても美味かったですよ。食べきれないほど出て来ます。残すのはもったいないので全部食べました。毎回、お腹がはち切れそうでした。

  カッパドキヤは、ローマ帝国時代やオスマントルコ時代の信仰を守り通したクリスチャンの生活の跡がたくさん残されているところです。その中のいくつかを訪ねてみました。

トルコ旅行記②地下都市カイマクル

  アリの巣のように地下8階の深さまで通路が築かれている地下都市、カイマクル。ここには迫害から逃れ、信仰を守るために5000人以上のクリスチャンが住んでいたと言われています。住居や炊事場、ワインや穀物の貯蔵庫や洗濯場などの跡が残されています。教会跡もありました。敵の侵入を阻止するための円形の大きな石や、空気孔なども備えられていました。カイマクル周辺には他にも十数カ所におよぶ地下都市が存在していたらしいです。

トルコ旅行記③ギョレメ博物館

  とてもおもしろい地名です。教会跡がいくつもありました。その中にはフレスコ画が描かれています。絵画にとって良い状態を保つために強い光は禁物です。そのため、撮影は一切禁止です。フレスコ画のテーマは、創世記のアダムとエバのお話やイエス・キリストの十字架などです。絵によって聖書の中心テーマ、救い主キリストの福音が語られています。 

  別に10リラ払うとさらに他の洞窟を見学することができたので、博物館の職員らしき人に質問してみました。「この洞窟には特別に興味深いものが描かれているのですか。」すると、彼は言いました。「私はモスリムだから何とも言えないね。」それで、とにかく、10リラ払って中に入って見ました。いくつかの絵が描かれていましたが、私にはその絵が何のことなのかよくわかりませんでした。洞窟から出て来ると、彼は親切に、「写真を撮りましょう。」と申し出てくれました。私がトルコで出会った、たいていのモスリムの人々は親切だし、明るいし、好意的な印象を受けました。

トルコ旅行記④カッパドキヤの奇岩たち 

  カッパドキヤには、奇妙な形の大きな岩がたくさんあります。きちっとした秩序があるわけではありませんが、誰かが意図的に造ったとも思えるような形の岩ばかりでした。それは、不思議な雰囲気、不思議な世界、不思議な芸術を造り出しています。しかし、まったくの自然の作品です。とは言え、自然の背後にはすべてを造られた創造主なるお方のアイデアがあります。3人姉妹と呼ばれたり、ラクダ岩と呼ばれたりするものがありました。家のようなキノコのような岩がありました。てっぺんにある岩が今にも落ちそうで、けれども、落ちない岩がありました。人のように、多種多様で個性的な岩たちの姿がありました。だから、とてもおもしろかったです。

トルコ旅行記⑤カッパドキヤ散策 

  カッパドキヤのハイキングコースを散策しました。ゆっくり歩いて1時間ほどでしたが、いい運動になりました。岩山の麓につくられた細道には馬糞が落ちているので、踏まないように気をつけなけれはいけません。かなりの凸凹道です。道端には、小さな花をつけたいろいろな高山植物を見ることができます。何よりもおもしろい形の奇岩の風景を楽しむことができました。途中、岩をくり抜いた住居跡を発見!入り口には小さな十字架が刻まれていました。ここも教会だったそうです。最後に、ローズバレーを背景に記念写真を撮ってバスに戻りました。ブドウ畑もありました。カッパドキヤは、ワインの産地なんですね。

トルコ旅行記⑥カッパドキヤで熱気球

  カッパドキヤの熱気球ツアーは上空の気流によって中止になることがよくあるらしい。私たちのグループのために用意されていた早朝の時間もそうでした。地上付近は良くても上空の気流の状態が適さない場合があるようです。あんなに早起きしたのに残念でした。とは言っても、私自身はベッドの中でゆっくり寝ていました。

    そして、次の朝、5時に目が覚めてカーテンを開けてみると、目の前にはたくさんのバルーンが空に浮かんでいました。朝明けの光の中を、ゆうゆうと飛んでいるのが見えました。カッパドキヤの不思議な景観を背景に、色とりどりの大きな風船がいっぱい浮いている、何とも言いようのない不思議な世界を体験させてもらいました。そのうちに、未知との遭遇を思わせるような、大きな大きな青色と白色のバルーンがホテルに近づいてきました。ぶつかったらどうしよう!って心配させるほどまでに接近して浮遊していました。今度来たら、絶対に早起きして乗りたい!神様、どうかまた、トルコに来ることができますように、よろしくお願いします。

トルコ旅行記⑦世界遺産パムッカレ

  白色の美しい石灰棚で有名な世界遺産のパムッカレ。ここは日本人も大好きな温泉郷。地中から湧き出る温泉成分の二酸化炭素とカルシウムが融合して固まった不思議な景色。でも、近頃水量が激減したため、空っぽの白い棚が目立ちました。

  パムッカレからさらに上に行くと、古代都市ヒエラポリスの遺跡があります。ヒエラポリスは聖書にも出て来ます。コロサイ人への手紙4:13を見ると、ヒエラポリスとラオデキヤの町の名前が出て来ます。ヒエラポリスもラオデキヤもコロサイも、みなパムッカレの近くにありました。そこには教会があったのです。コロサイは、パウロの同労者であるエパフラスや、ピレモンへの手紙のピレモンや、その手紙に出てくるオネシモの出身地です。

  パムッカレの北側にはフィラデルフィヤがあり、西にはエペソがあります。そこも教会のあった町です。ラオデキヤ、フィラデルフィヤ、エペソは、ヨハネの黙示録の7つの教会の中に見つけることができます。トルコにはローマ帝国時代、教会がたくさんありました。その時代の遺跡が至るところにあります。

トルコ旅行記⑧エペソの遺跡

  トルコ語では、エフェス。トルコ西部のエーゲ海沿岸の都市、イズミールから50キロ南にエペソの遺跡があります。古代都市エペソの遺跡は、現在、土砂の堆積により海岸から離れたところにありますが、昔は、港湾都市だったそうです。遺跡の入り口には公衆浴場の跡があり、人々は身分にかかわらずみながそこで体をきれいに洗い、清潔にしてから町の中に入ることが許されたそうです。それは、伝染病の流行を阻止する目的があったことと、また、そこは、人々の憩いの場であり、情報交換の場でもありました。

  パウロは2度エペソの町を訪問しています。使徒の働き19章を見ると、当時おもな住民はギリシャ人でしたから、そこは、アルテミスの女神が崇拝されていました。そして、そこには、アルテミスの女神を祀った大きな神殿がありました。多くの人々の生計は、このアルテミスの女神に関わっていました。そのため、パウロが福音宣教を始めると、商売が立ち行かなくなることを恐れた人々は、パウロとその仲間を捕えようとしました。状況は混乱し、暴動にまで発展するところだったことが書かれています。現在、アルテミスの神殿は、復元された1本の柱以外は影も形もありません。

  エペソの遺跡の発掘は今も続いています。神殿、図書館、円形劇場、公衆トイレ(水洗)、娼婦宿、そして、クリスチャンの集まるところには十字架が刻まれていました。

トルコ旅行記⑨イスタンブールⅠ

  イスタンブールはトルコ最大の都市であり、1400万人の人々が暮らしています。ボスポラス海峡を挟んでヨーロッパサイドとアジアサイドに分かれています。地理的な影響によって、ヨーロッパ文化とアジアの文化の接点であり、多くの世界遺産が存在します。ヨーロッパサイドはトルコの経済と文化の中心地です。歴史的遺産の多い旧市街とモダンな文化的スポットの多い新市街に分かれています。

  イスタンブールはコンスタンチノーブルと呼ばれていた時代がありました。キリスト教国であった時代は、その中心都市として栄えていました。しかし、その後、オスマン帝国の支配により、イスラム文化の中心都市へと変わっていきました。現在、99%のトルコ国民がイスラム教徒であると言われています。クリスチャンも存在しますが、1%もいないようです。ヨーロッパ風の建築物の中に多くのモスクが立ち並んでいます。そんな中、イスタンブールの町中を散歩する途中に教会を発見しました。おそらくギリシャ正教だと思われます。

トルコ旅行記⑩イスタンブールⅡイスラム文化

  アヤソフィア:世界遺産として有名なアヤソフィアは、ビザンチン帝国時代、コンスタンチヌス2世によりキリスト教の聖堂として建てられました。オスマン帝国時代になると、イスラム教のモスクにリフォームされました。しかし、近代になって、500年間塗りつぶされていたモザイク画などが、ほぼ昔の形に修復されました。直径約33メートル、高さ56メートルのドームは、世界最大と言われ、外観も内部も荘厳な風格をかもし出しています。

  ブルーモスク:正式名は、スルタンアフメット・ジャーミイ。17世紀のオスマン帝国時代に、アフメット1世によって建てられたイスラム教寺院。イズニック・タイルとステンドグラスがとても美しい世界遺産。

  トプカプ宮殿:15世紀のオスマン帝国時代に、メフメット2世によって建てられた宮殿。約400年にわたって宮殿として使用されました。トプは大砲、カプは門を意味するそうです。宝物館には、3つの大きなエメラルドが装飾された黄金の短剣や86カラットのダイヤモンドなどの宝石類が納められています。美しいタイル装飾でも有名です。

  リュステム・パシャ・ジャーミイ:オスマン帝国時代の巨匠建築家シナンが設計したモスク。外側も内側もイズニック最盛期のタイル装飾が施されています。オスマン建築美術の最高傑作のひとつと言われています。

  地下宮殿:6世紀、ビザンチン帝国時代に造られ、オスマン帝国時代まで利用された地下貯水施設。

トルコ旅行記⑪イスタンブールⅢ

  ボスポラス海峡クルーズとマルマラ海の避暑地プリンセス島ツアー


to be continued