永遠のいのち

2014928日主日礼拝「永遠のいのち」Ⅰヨハネ5:19~20佐々木俊一牧師

NHKの番組に世界ドキュメンタリーというのがあります。最近、その番組で「はつらつおばあちゃんが行く」というドキュメンタリーをやっていました。アメリカのシアトルに住む90代の二人の老婦人の実録です。二人は、今のアメリカの繁栄がいつまで続くのか、孫やひ孫の時代には今の繁栄があるのかどうかについて調べてみました。その結果、このままでは今の繁栄を続けていくことが不可能であるということがわかってきたのです。二人はその解決策はないものかと思い、答えを見つけるために経済の中心であるニューヨークに旅立ちます。そして、何人かの知識人や専門家に会って話を聞くのです。その中に、おもしろい話がいくつかありました。一つはこうです。瓶の中にわずかなバクテリアを入れます。そのバクテリアは1分間に2倍に増えるそうです。11時に瓶の中にバクテリアを入れました。11時59分には瓶の半分までに増えていました。59分かけてやっと瓶の半分までに増えたのです。瓶全体に増え広がるまであとどれだけの時間がかかるでしょうか。11時半に見たときには、バクテリアはまだほんの少しでした。でも、答えは、1分後の12時です。まさか1分後にバクテリアが瓶全体に増え広がるとは思わなかったでしょう。専門家はこの話をとおしてこんなことも言っていました。「もしも、アメリカ人と同じ分だけ、世界中の人々が資源や食糧を消費するならば、地球が3個か4個必要になります。」アメリカ人だけでなく、日本人でも同じでしょう。そういう時代が私たちの想像を超えてかなり近くに迫ってきているのです。

世界の多くの国々が経済成長にとても熱心です。毎年、各国が自国の経済成長率を公表しています。中国は現在、約7パーセントの経済成長率だそうです。一時期の勢いはなくなりました。日本は1パーセントに満たないそうです。経済成長をしないと、今の便利で豊かな生活の維持が難しくなるのだそうです。けれども、どの国も経済成長を目指したのなら、限りある資源が使い果たされる日はそんなに遠いことではありません。アメリカや日本のような便利で豊かな生活を世界中の人々が受け続けていくことは、無理だということがはっきりしているのです。どのような解決策があるのか、最悪の状況を想定したうえで、今から対応を考えておかなければならない時代に私たちはいるのかもしれません。

■19節「私たちは神からのものであり、全世界は悪い者の支配下にあることを知っています。」

ヨハネはここで、知っていると言っています。何を知っているのでしょうか。「神からの者」とは、神の子どもということです。イエス・キリストを信じた人は、神の子どもであると聖書は言っています。そして、神様は私たちの父であると言うことです。私たちが祈る時に、「天のお父様、天の父なる神様」と祈るのは、神様が私たちの父であり、私たちが神様の子どもだからです。ヨハネは、神様は私たちの父であり、私たちは神様の子どもであることを知っていると言っているのです。

また、ヨハネは、全世界が悪い者の支配下にあることを知っていると言っています。現在、世界にはいくつの国があると思いますか。195の国があるそうです。確かな数はわかりませんが、悪い者たちが支配している国があります。その国民たちは支配者たちに苦しめられています。そこには、自由も平等も愛も平和もありません。差別があり、格差があり、貧困があり、紛争があり、命が脅かされています。しかし、ここで悪い者とは、人間のことを意味するのでしょうか。それもあるかもしれませんが、ヨハネがもっと言いたかったことがあります。聖書では、神様に対して悪い者という場合、それは、悪魔とか悪霊を意味しています。聖書は、その存在をはっきりと述べています。目に見えて認識できるものではありませんが、しかし、世の中を見渡すなら、この悪い者の影響を見つけることができます。支配というよりも、コントロールすると言った方がわかるかもしれません。たとえば、最近、小さな女の子や女性が犠牲になる事件が多発しているのではないでしょうか。車に連れ込んでいたずらしたり、家に連れ込んで監禁したり、挙句の果てには殺してその死体を解体したり、昔に比べて極めて異常な事件が多いと思いませんか。ネットやメディアは、肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢を刺激するような映像で満ち溢れています。それに加えて、家庭や学校などでは、健全な人と人との触れ合いがますます乏しくなってきています。人は弱い存在です。そのような環境の中で生きているならば、ある人々はこの「悪い者」にコントロールされやすい思索や感情を身に着けてしまうのではないかと私は思います。

■20節「しかし、神の御子が来て、真実な方を知る理解力を私たちに与えてくださったことを知っています。それで私たちは、真実な方のうちにいるのです。この方こそ、まことの神、永遠のいのちです。」

「神の御子」とは、救い主イエス・キリストのことです。旧約聖書には、救い主なるお方がどのようにこの地上に来られるのかを、多様な人々が神様の導きの中で長い年月をかけてイスラエルの人々に語り伝え、文字にして書き残してきました。イスラエル民族の歴史や出来事、イスラエル民族の祭りや慣習、イスラエル民族の人物、また、イスラエルの民に向けて語られた預言者たちのことばの中に、神の救いがどのようなもので、救い主はどのようなお方なのかを暗示する言葉がちりばめられているのです。そして、救い主イエス・キリストが、旧約聖書に書かれてある通りに、今から約2018年前に人となってこの地上にやって来ました。その後、新約聖書には、その方の生涯と成し遂げられた救い道のことが書かれています。

私たちは救い主イエス・キリストによって、まことの神様を知ることができるのです。その神様が、イエス・キリストによって私たちのすべての罪を赦して、再び親しい関係の回復を望んでおられます。罪がもとで始まった悩み、苦しみ、悲しみ、恐れ、不安、心配、何よりも罪の報いである死とその恐怖から解放しようとしておられるのです。

■子ども時代を振り返ってみると、私は死に対する恐怖心が非常に強い子どもでした。小学3年生の時に、虫歯の治療のために歯医者にかかっていました。その時、母は働いていましたから、私一人で歯医者に行っていました。はっきり覚えていないのですが、歯を抜いたか治療したかで薬をもらいました。帰宅後、私はその薬を飲みました。飲んだ後で気が付きました。「飲んではいけません」と袋に書いてあったのです。飲んではいけない薬を飲んでしまったことで、私はとても不安になりました。そのうちに死んでしまうのではないかと思って、とても怖くなって大声で泣いてしまったのです。その薬で死ぬことはなかったのですが、大声で泣いたものですから、近所の友達にそのことが知られてしまい、とても恥ずかしい思いをしたのを覚えています。また、体に異常を見つけるとすぐに、家にあった「家庭の医学」を見ていたのを覚えています。特に、がん恐怖症で、いつだったか下腹に大きなしこりがあるのに気付いて心配になり、母に病院に連れて行ってもらったことがありました。小学5年生頃のことです。結局、便秘ということで、浣腸を処方されて帰ったのを覚えています。私は、子どもながらに死に対する恐怖心が非常に強い子どもだったように思います。

私がクリスチャンになった後は、死に対する恐怖心がまったくなくなったと言ったらウソになるかもしれません。けれども、軽くなったことは確かです。死に臨むことはどういう感じなのでしょうか。バンジージャンプでもするような感じでしょうか。狭くて長い真っ暗なトンネルを通り抜けるような感じでしょうか。お腹の中の赤ちゃんがお腹の中から外の世界に出てきて初めて肺で呼吸をする時のような感じなのでしょうか。初めて体験することについて不安を持ったからと言って不信仰というわけではありません。ごく自然なことです。イエス・キリストを信じる者にとって死は、終わりを意味するのではありません。新しく生まれることなのだと考える方が聖書的なとらえ方なのだと思います。

■真実な方を知ることによって受ける祝福と守りがあります。イエス・キリストを信じて、イエス・キリストとつながることは、私たちに勇気を与えてくれます。気持ちに余裕を与えてくれます。世の中の流れを見分ける力を与えてくれます。それに同調しないで神様の御心、正しい方を選び取る意志を与えてくれます。悪い者から思いを守り、悪い者の悪影響を断ち切ってくれます。否定的な思いや失敗に対する恐れから自由にしてくれます。たとえ、失敗しても、また立ち上がる力を与えてくれます。そして、神様はこの地上のいのち、この地上の生活を祝福してくれます。神様はこの地上には地上の希望が必要なことを知っていて、私たちの希望をかなえて楽しませてくれます。でも、それには、いつも終わりがあります。それよりも、もっと良いお知らせがあります。それは終わることのない希望です。クリスチャンにとっては、本当の人生は死んだ後から始まるのかもしれません。神様がすべての人に受け取ってほしいと願っているのは、永遠のいのちです。永遠のいのちは終わることがありません。永遠のいのちを持って神のみ国に住むというギフトを、神様はすべての人に受け取ってほしいと願っているのです。